これまでにお送りした水戸芸術館ATM速報

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Date: Fri, 27 Dec 2002 20:54:41 +0900
From: tamamik@arttowermito.or.jp
Subject: [atm-info,01531] "Kore Minna Shibai no Hanashi" #3 by Koshiro Matsumoto
To: atm-info@arttowermito.or.jp
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▼水戸芸術館ATM速報2002年12月27日発--------------------

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松本小四郎「これみんな芝居の話」2002・12・23
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今回は来年 1月24日に初日を迎える『スカパン』について。
「モリエールの作品のなかで好きな作品は何ですか?」と聞かれて、
誰もが答えられるわけではないと思いますが、恐らく『人間嫌い』
とか『タルチュフ』とか『ドン・ジュアン』とか『町人貴族』とか
『守銭奴』とか、彼の代表作のひとつは聞いたことがあるのでは
ないかと思います。
モリエールの作品はどれも魅力的で、形式的にもじつに多彩です。
「本格喜劇」と呼ばれる五幕韻文劇の喜劇もあれば、
笑劇的技巧を用いながら強烈な個性を生み出した劇もあり、
さらには純粋な笑劇もあります。
モリエールはシェイクスピアのように悲劇や歴史劇は書きません
でしたが、彼の作品を通読しますと、時代のとらえ方や人間の洞察力
という点では、シェイクスピアに劣らず才能豊かな演劇人(劇作家、
演出家、俳優)であったことがよくわかります。

さて、そのなかで『スカパン』はちょっとユニークな作品かも知れ
ません。モリエールが『スカパン』を書いたのは、死の 2年前
1671年です。つまりモリエールの晩年の作品ということです。
この作品がユニークなのは、『人間嫌い』のようなフランス喜劇を
確立したといっても過言ではない大作を書き上げたあとに、
なぜ作者は劇作家として最初に強い影響を受けたイタリア笑劇へ
戻ったかを問いたくなるような作品であるからです。しかし、
初演の評判はけっしてよくありませんでした。
作家のボワローは、モリエールの死後1674年に『詩法』を書き、
そのなかで『人間嫌い』を絶賛し、『スカパン』については、
「スカパンが身を包むあの滑稽な袋に、余はもはや『人間嫌い』の
作者を認められぬ」と書いています。
たしかに、『スカパン』には『人間嫌い』のような普遍的なテーマも
ありませんし、時代風刺や人物の造形描写もありません。
ただ、なぜ晩年になって作者がイタリア笑劇へ戻ったのか、
ということを考えますと、私は、作者が演劇人生のなかで見つけ
だした俳優像とその演戯だけを舞台化しようとして書いた作品に
思えてなりません。
つまり、肉体的に可能であれば、モリエール自身が演じてみたいと
思った人物を『スカパン』という作品に託したのではないかと思った
のです。

『スカパン』は主人公であるスカパンを演じる俳優の演戯力が
遺憾なく発揮されなければ、魅力的な作品にはなりえません。
それは現代の俳優がそうした演戯力をもっていれば、すぐにでも
現代の喜劇になりうる作品だということになると思います。
たしかに、二組の若い男女の恋が双方の父親の無理解でなかなか成就
しないのを、スカパンが活躍して解決するというプロットは、
イタリア即興喜劇の典型です。そう考えますと、作者が書いた以上の
ことを期待しても意味がないかも知れません。作者が書きたかった
ことは、太陽と色彩にあふれた陽気なナポリの街を背景に繰り広げ
られるペテンの数々、機智に充ちた言葉のやりとり、ラッチの連続
などであったと思います。スカパンという人物はそれを見事に演じ
きっています。この作品の最大の魅力はスカパンであり、
彼が登場しなければ、この作品はありえません。
生来の貧乏人であるスカパンは、天から授かった才気ひとつで
世の中を生きてきました。世間の裏表を知り尽くし、裁判沙汰にも
なり、平気で主人の持ち物を猫ばばします。でも彼は陰険な男では
ありません。庶民的な明るさを身につけ、他人のために大奮闘します。
スカパンの性格を簡単にいえば、才気煥発、侠気、モラルの欠如
ということになるでしょう。若者の恋を助け、恋路を邪魔する大人を
へこませなければなりませんから、こうした性格は不可欠です。
でも、スカパンのような人物がいまの世の中にいるでしょうか?
残念ながらいません。ただ、舞台でいろんなことを喋り、行動する
スカパンの姿を見ていると、人間の孤独というものをスカパンが
懸命に私たちに語っているように思えてならないのです。

串田和美さんの演じるスカパンをご覧いただければ、
そして『スカパン』の最後にシーンを見ていただければ、
「これが喜劇の終わり?」といいたくなるような、
深い感動を味わっていただけるものと思っています。

ACM THEATRE + KUSHIDA WORKING "SCAPIN"
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/1500/1523.html
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松本小四郎「これみんな芝居の話」2002・12・9 / 12・11
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/1500/1524.html

松本小四郎「これみんな芝居の話」2002・12・19
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/1500/1527.html

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水戸芸術館は本日2002年のご用納めをいたしました。
表は閉まっておりますが、まだ館内にはさまざまな作業があり、
年末年始出勤する職員も少なくありません。
ATM速報も年内もう数回、送信させていただきます。

http://www.arttowermito.or.jp/atm-j.html 次回配信をお楽しみに!---