これまでにお送りした水戸芸術館ATM速報

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Date: Thu, 23 Sep 2004 11:26:26 +0900
From: tamamik@arttowermito.or.jp
Subject: [atm-info,01845] Report on "Mito dell'arco the 7th Concert" #2 by Takaki Yazawa
To: atm-info@arttowermito.or.jp
Message-Id: <49256F18.000D687F.00@david.arttowermito.or.jp>
X-Mail-Count: 01845

▼水戸芸術館ATM速報2004年9月23日発--------------------

モーツァルトは弦楽四重奏曲に関しては、1773年の頭までにすでに
7曲の作品をものにしていました。
やや試作的で、様式的にもまちまちだったそれら7曲を書き上げた
のち、モーツァルトはハイドンの『三部作』に出会い、大きな衝撃を
受けることになります。さっそくモーツァルトは1773年のうちに
6曲の弦楽四重奏曲(作曲地にちなんで<ウィーン四重奏曲>の
通称を持ちます)を完成させます。これを聴くと、楽章構成といい、
6曲中2曲がフーガ・フィナーレを持つことといい、さらに書法の点
からもハイドンの影響はありありで、天才モーツァルトといえども
先人から吸収するという行為は避けがたい必然としてあったのだな、
ということがよくわかります。もちろん16歳のモーツァルトの
若々しいパワーがみなぎる力作ぞろいで、特に最後のニ短調作品
(K.173、これはミト・デラルコ第3回演奏会で取り上げられました)
なんて、有名な<小ト短調>交響曲と好一対という感じですが。

しかしモーツァルトとしてはこれらの作品に必ずしも満足していた
というわけではないようで、24歳年上の先輩ハイドンにならうかの
ようにしばらく弦楽四重奏の世界から離れてしまいます。そして
モーツァルトが再び弦楽四重奏の筆をとるきっかけをつくったのは、
またしてもハイドンでした。

1782年にハイドンが、ほぼ10年ぶりに発表した6曲の弦楽四重奏曲集
<作品33>。ハイドン自身が「まったく新しい方法で作曲した」と
自負したこの曲集は、<作品20>の路線を受け継ぎながらも、
より明快ですっきりとした構成を持ち、しかも細部の仕掛けは一段と
洗練されているというみごとなマスターピースでした。これに再び
衝撃を受けたモーツァルトは、またも6曲の弦楽四重奏曲の作曲に
とりかかります。しかし今度は3年半という、十分な時間をかけて。
この6曲、えらく作曲には苦労したみたいです。書きかけのスケッチ
とか、途中まで書いたのに放棄した楽章がたくさん残されていて、
3秒で曲を書いたとかうさぎ跳びしながら作曲したといった伝説が
流布する(しないって)モーツァルトとしては異例なくらい
「試行錯誤」の痕が見られます。

さて1785年、苦心の末6曲の四重奏曲を完成したモーツァルトは
1月15日と2月12日の2回にわたり、なんとハイドンを自宅に呼んで、
全6曲の四重奏曲の演奏を聴いてもらうのです。まるで弟子が師匠に
自作を聴いてもらうみたいに。初々しいですよね、モーツァルト。
なんとも感動的な話です。

で、6曲を聴き終わったハイドンは、モーツァルトの父レーオポルド
にこう言ったらしい。
「誠実な人間として、神の前に誓って申し上げますが、
ご子息は、私が名実ともども知っている最も偉大な作曲家です。
様式感に加えてこの上なく幅の広い作曲上の知識をお持ちです... 」
(海老澤敏訳)

「神の前に誓って」「私が名実ともども知っている最も偉大な作曲家」
ですよ!このとき53歳を迎えていた当代最高の大家が、29歳の若者に
これほどの賛辞を送るとは。そう言わしめたモーツァルトはもちろん
凄いですが、ハイドンも偉い。天才は天才を知る、ですよね。
この話にすっかり感激したモーツァルトは、6曲の出版にあたって
ハイドンに献辞を送りました。それはこの大先輩への最大限と敬意に
満ちていて、しばしば身内の手紙で下ネタギャグを連発していた
悪ふざけモーツァルトの影は微塵もうかがえません。というか、
音楽史上に書かれたもっとも感動的な手紙のひとつでしょう。
長いので全文はとても引用できませんが、モーツァルトは6曲の四重
奏曲を「長くつらい労苦の結実」の末に生まれた6人の息子にたとえ、
それを「好運によって最良の友となった、今日のもっとも名高い
御人の庇護と指導とにゆだねるべきもの」とします。そしてこの曲に
ハイドンが送ってくれた賛辞にどれほど励まされたかを綿々と綴った
のち、こう結ぶのです。
「それゆえ、御寛大にもすすんで彼らをお引取りください。そして、
彼らの父親とも、導き手とも、また友人ともなってください!
それゆえ、父親(矢澤註:モーツァルト自身のこと)の偏愛の眼が
私に隠していたこともあろう欠陥を寛大にご注意下さるよう、
そして彼らの意志に反しても、私自身がそうでありますように
あなたの寛大な友情を保ち続けて下さいますようにお願いいたします。
親しい友、あなたのこの上なく誠実な友 W.A.モーツァルト」
(海老澤 敏訳)

こうして<ハイドン四重奏曲集<と呼ばれるようになった6曲が、
彼が謙遜するように欠陥あるものだったでしょうか?
答えはもちろんNOです。それどころか、これらはモーツァルトの
作品の中でももっとも凝りに凝った、前衛的というくらい複雑で
テンションの高い作品群でしょう。定型を守りながら、それを崩す
ぎりぎりの点を見極めようとするかのような逸脱の冒険。頻出する
地すべりのような半音階。遠心力が強すぎて大気圏外に飛び出して
しまいそうな遠隔転調の数々。危険な綱渡りのような音のつながりが
随所に聴かれ、まったくもって、聴き手を金縛りにするほど集中力が
高い傑作ぞろいです。(面白いことに、一番愛想のいい顔をした
K.458<狩>にモーツァルトは一番苦労したらしい)

今回演奏されるト長調四重奏曲は、最初に完成された作品ですが、
それだけにモーツァルトの意欲満々。頭から4つの楽章について
語り始めたらもうとまらないくらいたくさんの仕掛けと美しい瞬間が
あるのですが、やはりこの曲のクライマックスは最後の第4楽章
でしょう。よく<ジュピター>に先行するフーガ・フィナーレ、と
言われますが、私にはむしろハイドンの書いたフーガ・フィナーレを
完璧に咀嚼吸収したモーツァルトが、「ハイドン先生どうですか、
これが僕なりのフーガ・フィナーレですよ」と挑戦しているかのよう
に聞こえます。ソナタ形式と結合していることはもちろんですが、
それ以上に驚くのは、ハイドンのフーガ・フィナーレでは聴かれなか
っためまぐるしい展開、静と動、強と弱との鮮烈な対比でしょう。
そして後半、展開部に入ってからの、渦に巻き込まれるような
恐るべき螺旋状の転調!どうなってしまうんだというところまで
行ったあとに、ひらりと音楽は身をひるがえし再現部へ、
そして天馬空をゆくがごときコーダへ突入して行くのです。いやはや、
なんというすごいボールをモーツァルトは打ち返したのでしょう。

さてハイドンは、この四重奏曲に対し、自らの四重奏でどのように
解答したでしょうか。私の考えは浅いかもしれないけれど、その後
しばらくハイドンが書いた四重奏曲は、モーツァルトの四重奏曲が
突きつけた極度の複雑さを、あえて避けているような気がします。
もちろん超一流の魅力的な作品ばかりなのですが、第1ヴァイオリン
に優位性を持たせたり、シンフォニックな響きを狙ったり、
「弦楽四重奏にはこういう魅力もあるよ」とハイドン先生言っている
かのよう。しかしハイドンは別に逃げていたわけでもなんでもなく、
モーツァルトの死後6年目にして、<エルデーディ四重奏曲集>
という実に密度の高い、しかしモーツァルト的な「異常さ」よりも
「偉大な成熟」を強く感じさせる、まさに<ハイドン四重奏曲集>と
好一対をなす大傑作をドロップするのです。
ハイドンがこの曲集を一番聴かせたかったのは、
きっとモーツァルトだったに違いありません。

さて、ミト・デラルコが演奏会の最後に取り上げるのは
ハイドン晩年の<作品77の2>。
<エルデーディ四重奏曲集>からさらに2年後の1799年、
67歳のハイドンが創作活動の終章に書いたこの四重奏曲には、
彼のどんな思いが託されているのでしょうか。
どこかでモーツァルトを意識しながらも、最後までハイドン自身で
あり続けたこの四重奏曲にみなぎる、老作曲家の「万感の思い」に
ついてここでくどくど言葉を並べ立てるのはやめ、あとは演奏会で
皆様がご自身の耳で感じ、味わっていただきたいと思うのです。
どうぞお聴きのがしなく!

「ミト・デラルコ、9月19日、リハーサル開始!」後編
  矢澤孝樹(水戸芸術館音楽部門主任学芸員)

前編は下記にございます。
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/1800/1844.html

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ミト・デラルコ 第7回演奏会
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/1700/1785.html
2004年9月25日(土)18:00開場 18:30開演
水戸芸術館コンサートホールATM
料金(全席指定):A席3,000円 B席2,000円

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http://www.arttowermito.or.jp/atm-j.html 次回配信をお楽しみに!---