これまでにお送りした水戸芸術館ATM速報

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Date: Sun, 3 Apr 2005 18:04:38 +0900
From: tamamik@arttowermito.or.jp
Subject: [atm-info,01935] "Um Filme Falado (A Talking Picture)" by Takaki Yazawa
To: atm-info@arttowermito.or.jp
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▼水戸芸術館ATM速報2005年4月3日発--------------------

「マノエル・ド・オリヴェイラは
  詩的意志で現実と物質を支配する才能を持つ人々の一人で、
  力を使うのではなく確信によってそれができるのです。」

-- 水戸芸術館でも演奏を行ったポルトガルの名ピアニスト、
   マリア・ジョアオ・ピリスの発言。
   彼女はマノエル・ド・オリヴェイラの映画 2本(『神曲』
 『クレーヴの奥方』)に出演している。

ポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督の映画を
初めて観たのは忘れもしない1994年、日比谷シャンテ・シネ 2での
『アブラハム渓谷』でした。 3時間 7分という大作でしたが
(ディレクターズ・カット版はさらに20分長いそうです)、まるで
金縛りのようになって観た記憶は、今でも鮮烈に蘇ってきます。
冒頭、ドウロ河岸を走る列車から映した河の映像に "Vale Abraao"
と タイトルが太い文字で被さってきた瞬間( 1回しか観ていない
のでこれで正しかったかちょっと自信はありません)、まったく
根拠はなかったのですが「これは途方もない映画になる!」という
身震いが走り、その予感はラストシーンまで分刻み、秒刻みで
実現され続けました。大げさではなく、とにかく異常な画面の完成度
でした。

上條淳士というマンガ家がいて、彼は 1コマ 1コマがイラストレーシ
ョンとして成立するほど画のクオリティを上げ続けた結果恐ろしく
寡作になってしまったのですが、『アブラハム渓谷』もひとつひとつ
の画面がそのままスチール写真になるほどのすごい美しさ。そういう
画面が3時間も続くのですから、もうくたくたになりました。しかし、
魔術的な光と影の映像による『ボヴァリー夫人』を下敷きにした愛と
官能と死の物語は、こちらの心をとことんまで魅了し尽くしました。
あんな映画体験は、人生でそうそう何度もあるものではありません。
その時の体験があまりに強烈で、私は10年以上たった今でもいまだに
『アブラハム渓谷』を再見できずにいます。

しかしオリヴェイラ監督への真の驚きは、むしろその後に訪れました。
翌年公開された『階段通りの人々』。『アブラハム渓谷』の巨匠の
新作ということでわくわくしながら観に行ったのですが、
これがまるで違う、擬ドキュメンタリーのような寓話のような
奇妙な作品で、しかも最後に唐突にシュールな舞踊?に突入する
というわけのわからなさ。大いに困惑、というよりこれが本当に
同じ監督の作品なのか、と頭を抱えてしまったことを覚えています。
あまりに混乱したのでつい次の『メフィストの誘い』を
(カトリーヌ・ドヌーヴとジョン・マルコヴィッチという
  豪華キャストにもかかわらず)見逃してしまったのですが、
その次に日本公開された『世界の始まりへの旅』(マルチェロ・
マストロヤンニの遺作でした)は、今度はヴィム・ヴェンダースも
びっくりの瑞々しいロード・ムーヴィー。
そのあとに観た『クレーヴの奥方』は、ラファイエットの格調高い
原作をロック・スターの恋に翻案した、これはかなり(美しいのです
が)異常な作品。
ミシェル・ピコリ演ずる老優の悲劇を描いた『家路』は悲痛で
しみじみと感動的な人間ドラマ... と、ひとつとして似たタイプの
映画がありません。

そのうちにやっとわかってきました --
マノエル・ド・オリヴェイラとは、常に映画の新しい可能性を求め、
二度と同じやり方を繰り返さない監督であり、
もし彼のスタイルというものがあるならば、その果てなき挑戦
それ自体が彼のスタイルなのだ、と。
まだ観ていませんが、1986年のクローデル原作による『繻子の靴』は
7時間に及ぶ超大作(彼によれば「この方法でできることは
やりつくしてしまったので、以後別の方向に行くことにした」
だそうです。恐るべし)ですし、88年のオペラ映画『カニバイシュ』
は観た人によると、ダニエル・シュミットの『ラ・パロマ』も顔負け
の奇怪きわまりない作品なのだそうです。

この多様さを通じオリヴェイラが私たちに伝えようとしているのは、
「世界の見方」を常に意識しろ、ということではないでしょうか。
作品によって演劇的だったり、ドキュメンタルだったり、
オペラだったり、変わり続ける彼の手法は、世界はひとつの見方で
割り切れるものではない、といつも私たちに警告しているかのよう
です。テレビや多くのハリウッド映画が、「自然さ」で偽装して
私たちの「こう観たい」という欲望を際限なく満たし続け、
それによって一種の思考停止をもたらすのに対し、
オリヴェイラの映画はときに居心地が悪くなるほど私たちの視点を
混乱させ、思考を刺激し、しばしば至高の体験へと誘います。
オリヴェイラの映画を観ることは、観客の私たちにとって、
もしかしたら『マトリックス』以上に刺激的な視覚と想像力の冒険
なのです。

申し遅れましたがマノエル・ド・オリヴェイラ監督は現在96歳。
70歳を過ぎてから撮った長編映画は24本--つまりほとんど年 1作の
ペースで、これほど多様な傑作・問題作を連発しているのです。
天才といわれる現代の映画監督、たとえばラース・フォン・
トリアーとかポール・トーマス・アンダーソンすら数年に1度しか
作品を発表しないのに、驚異というしかありません
(対抗できるのは日本の黒沢清と三池崇史くらい?)。
しかし、ポルトガルという国が1974年まで長く独裁体制にあり、
オリヴェイラ監督もその間40年でわずか3本(!)の長編映画しか
撮ることができなかったことを考えれば、老境に入ってからのこの
エネルギーの爆発も彼にしてみれば「当然」なのかもしれません。
サイレント期から蓄積されてきた彼の膨大な映画的記憶は長い時間を
かけて発酵・醸成し、今とめどなく沸騰しているのです。

さて、4月23日の「クリスティーナ・ブランコ ポルトガルの心、
ファドを歌う」の関連プレ企画として 4月 9日(土)に上映される、
オリヴェイラ監督の『永遠の語らい』。これは2003年の作品ですが、
ますますオリヴェイラ健在なり、というか95歳(当時)にして
依然として映画の最前線に立っていることを確信させられる傑作です。
『永遠の語らい』はポルトガル人の歴史学者の母(オリヴェイラ映画
の常連ヒロイン、レオノール・シルヴェイラ)とその娘による「旅」
の物語です。彼女たちは、インドのボンベイにいるパイロットの
父親に会いにゆく機会を利用し、ポルトの港から豪華客船に乗って
地中海と紅海をめぐりインド洋にむかう船旅に出ます。地中海文明の
遺跡を訪れるこの旅を通じ、オリヴェイラは大胆にも西欧の歴史を
遡行する「過去への旅」をやってしまうわけです。

一方船内では、船長(ジョン・マルコヴィッチ)と彼の賓客である
4人の女性(カトリーヌ・ドヌーヴ、ステファニア・サンドレッリ、
イレーネ・パパス)との間で、晩餐の度に女性と国家をめぐる議論が
交わされていきます。3人の女性たちの会話はそれぞれの母国語、
ジョン・マルコヴィッチは英語でしゃべっているのでなんと四ヶ国語
が飛び交う会話になっているわけですね。驚くべき発想です。
ここでは、女性が歴史の主導権を握っていれば戦争はあり得なかった
のではないか、という仮定に基づき、あり得べき「未来」についての
議論が繰り広げられます。過去の歴史、そして未来 -- このふたつの
「旅」が交錯するところに、オリヴェイラの「現代」世界についての
認識が示されるのですが、どのように示されるのかは本編を見ていた
だくということで(ラストを知っている方は絶対口外されないで
ください!)。

まあ構図の読み解きはともかく、とにかくこの映画は、少なくとも
見た目には(テーマは前述の通り非常に深いです)、オリヴェイラの
「美し方向」が全開となった作品で、地中海といい各地の遺跡といい、
悠然とした運びで繰り広げられる映像は、ぜひとも大画面で観ていた
だきたいものです。
(実は今、館内ヴィデオ・モニターで現代美術ギャラリーの次の展覧
会『造型集団 海洋堂の軌跡』 -- ちょうど 4月 9日がオープニング
です、こちらもぜひどうぞ -- のヴィデオに混じって映画の予告編が
上映されています。ただこの予告編ヴィデオは極めて画質が悪いです。
スクリーンでの映像はもちろんまったく次元の違うものであることを
強調しておきます。)

役者もすばらしい。
ジョン・マルコヴィッチはアメリカの映画俳優の中でも
最高の一人であるということを確信させられますし、
ドヌーヴ、サンドレッリ、パパスの 3人の大女優は言わずもがな
でしょう。パパスの歌も聴けます。
それに、『アブラハム渓谷』以来のオリヴェイラ映画の
常連ヒロインであるレオノール・シルヴェイラの美しさも
ぜひ特記したいところです。
クリスティーナ・ブランコもそうですが、ポルトガルの女性は
ほのかにオリエンタルな雰囲気が漂い、不思議に魅惑的ですね。
おっとっと。個人的趣味が出てしまいました。

念のために申し添えておきますが、この映画は少なくとも表面的には
特にファドとは関係ありません。音楽を通じ、ポルトガルという国の
独自の文化に触れていただくので、せっかくのこの機会に、超一級の、
しかもなかなか茨城では観られないポルトガル映画を通じ、視覚的に
ポルトガルという国の深さを皆さんと共に体験したい、というのが
担当者の願いです。また両企画は「旅」というポルトガル人の宿命を
通じて結ばれてもいます。はるか昔、大海原を旅して未知なるものに
出会おうとしたポルトガル人の魂を、ふたつの企画を通じて、
感じていただければ嬉しいです。

最後になりましたが、4月23日(土)に
コンサートホールATMで行われる
「クリスティーナ・ブランコ ポルトガルの心、ファドを歌う」は
おかげさまで順調な売れ行きでございます。
皆様ありがとうございます。
迷われているお客様、ご希望のお席はお早めにおとりください。
映画と併せてチケット購入していただければ、200円お得に
なりますよ。

「マノエル・ド・オリヴェイラと映画『永遠の語らい』について」
  矢澤 孝樹 (水戸芸術館音楽部門主任学芸員、本企画担当)

公式サイト
http://www.alcine-terran.com/
*ENTERをクリック後、上部「Title List/作品集」ボタン。
  2004年(公開年)リストより「永遠の語らい」選択。

*マリア・ジョアオ・ピリス ピアノ・リサイタルは、平成 2年
(1990年)9月、「ポルシェ」展会期中に開催いたしました。

「クリスティーナ・ブランコ ポルトガルの心、ファドを歌う」
http://www.arttowermito.or.jp/atm-info/1900/1912.html
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関連プレ企画  『永遠(とわ)の語らい』
マノエル・ド・オリヴェイラ監督/2003年
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ポルトガル、フランス、イタリア合作/96分
配給:アルシネテラン、キノキネマ  =茨城初公開=
2005年 4月 9日(土)15:00〜17:00 (開場14:30)
会場:水戸芸術館ACM劇場 /料金(全席自由):1,000円
*4月23日のクリスティーナ・ブランコの演奏会チケットと一緒に
  購入すれば200円引きになります。
共催:NPO法人シネマパンチ http://www.cinemapunch.com/

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